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心配が止まらないとき見えていないもの

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心理カウンセラー兼コーチの高橋みちです。
いつもありがとうございます。

「あの人、大丈夫かな」

ふとした瞬間に
誰かのことが頭を離れなくなることってありませんか?

家族のこと
友人のこと
同僚のこと

相手が辛そうに見えると
自分が何かしなければと思ってしまう

放っておけない
見て見ぬふりができない

それは間違いなく、優しさだと思います

心配の奥にあるもの

でも、少し立ち止まって考えてみたいことがあるんですよね。

「この人、大丈夫かな」の奥に
こんな前提が隠れていないか?
って

「私がいないと困るかもしれない」
「私が支えないと崩れてしまうかもしれない」
「私が気づいてあげないと」

もしこういう前提があるなら
ちょっと注意して見た方がいいかもしれません。

なぜなら
この前提には
「相手には自分で立ち上がる力がない」
という見方が(無意識に)
含まれている可能性がある
から。

無意識がポイントね!

心配しているつもりで
実は相手の力を低く見積もっていたとしたら、、

ちょっとドキッとしませんか😅
(私もこれを知った時ドキッとしました(笑))

心配と信頼は共存できる

心配と信頼は
反対のもののように見えるかもしれません。

でも本当は共存できるもの。

心配している。
でも、この人には回復する力がある。

気になっている。
でも、この人は自分で考えて選べる人だ。

心配しながらも相手の力を信じている状態
心配しすぎて相手の人生を背負おうとしている状態
似ているようでまったく違います

「守る」と「見守る」

優しい人ほど
「分かってあげたい」と「背負ってしまう」の距離が近いんですよね。

でも
相手の状況を理解しようとすることと
相手の問題を自分の責任として引き受けることは
別のことです。

守ろうとすると
相手の問題を自分が解決しなければならなくなる

見守ることは
相手が自分のペースで立ち上がる力を信頼すること

必要な支援はする
声をかける
手を差し伸べる

でも
その手を握るかどうかは
相手が決めること

あなたが楽になることで

もし今、誰かのことが心配で仕方ないなら
一つだけ自分に聞いてみてほしいんです。

「私は今、この人の力を見ているだろうか?」って

心配することは悪いことではありません。

ただ
自分を削り続けることは
自分にも相手にも優しくない。

あなたが楽になることで
あなたの周りにいる人も
少しだけ楽になれることがあります✨

心配の奥にある優しさはそのままに
相手の力も、自分の限界も
静かに確認していけたらいいですよね☺️

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