「可哀想」って気持ちはちょっと危ないかもね?隠れているリスクとは

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心理カウンセラー兼コーチの高橋みちです。
いつもありがとうございます。

現在、毎日8時掲載をしています(直接新着記事一覧へいく場合はこちら)明日もきてね!

これまでの失敗や学びの中で、たくさんの気づきがありました。
その中でもこれは知っておくとこの先ラクだよ!というものを少々スパルタ気味にピックアックしていきます。(失敗談はビターなアクシデントの巻へ)
私が代わりに何度も転んで気がついた『盾と矛(守りながら切り開く)』です。あなたも使えそうだと思ったら是非ご活用くださいね。

あの人が可哀想
何かすることができないかな?

優しい…
といえば聞こえはいいですが
ちょっと危ないかもしれません。


なにが危ないかと言うと、、、
誰かを可哀想だと思うことは

今回の盾と矛

自分より下の人を見つけて
自分はまだ幸せだって言い聞かせている

ってことだからです。

自分より大変そうな人や苦しい人を見つけて、「あの人と比べれば自分はまだ幸せよね」って自分に言い聞かせて、あなた自身から目を逸らしてる

だからもっと我慢しないとって、自分に無理をさせ続ける理由にしてる
「これからもサンドバックにするぜ!」とも聞こえるね

そもそも
『かわいそう』って
お相手に対して失礼なんですよね。
だって

自分が上だと思っていないと
自分の方が満たされていると思っていないと

自分の方が優れていると思っていないと
出てこない言葉だから


まぁ相手だけでなく
自分にも失礼なんですけど・・・

自分よりも辛い人がいることをネタに
より我慢や無理をさせようとしている
ので!

そもそも、あなたより大変な人が居ようがいまいが、あなたが『抜け出したい』『よくなりたい』って思う気持ちを抑える必要ないんだけどねぇ

で、このような気持ちって結構危なくてですね
↑こんな風に思ってしまっていると・・・

第三者にいいように扱われやすくなる
のです!!

例えばマスメディア
可哀想なニュースや映像をみせて

可哀想な人を助けてください!
そのために
寄付して
買って
受け入れて
我慢して
無理をして
くれますよね!?
だって、ほらみて!
子供とか女性とかお年寄りとか苦しんでるんです!
あなたよりも可哀想な人がいるんですよ!

可哀想じゃありませんか??

はっ??!どっかでみたような

自分より可哀想な人を作って、自分に我慢をさせ続けるのが普通になると・・・
第三者からすれば『扱いやすい駒』ってこと!だって、可哀想な人を作ればいいように扱えるんだもんね

私たちって
可哀想という言葉で
自分も
お相手も
不幸だと
決めつけてしまっているんですよね。

決めつけるだけならまだしも
傷つけたり
誰かにいいようにされちゃうんです
注意したいですよね!

でも知ったから大丈夫だよ☆

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