求めることの背徳感は捨てよう

コーチ兼カウンセラーのみちです。
いつもありがとうございます。

フィンランド旅行から帰ってまいりまして、我が家のにゃん達と再会を果たしたわけですが…帰国日の早朝から私の部屋に侵入し、ベットの上で帰りを待つという可愛さを発揮したにゃん。
「どこに行ってきたのよ!」と警戒心をむき出しに、すべてのモノの匂いを嗅ぎ、自分の匂いを付けながらスーツケースに侵入するにゃん。
「あれ?いなかった?」とおとぼけながらも、抱っこをせがむにゃん。

と、三にゃん三様の対応となりました。
帰ってきてから、殆ど傍を離れません
かわいこちゃんですねぇ

帰ってきて、自分のベットで寝ているときに思ったのですが、旅行中の「自分以外誰もいない(気にしない)環境」から在宅中の「腕枕しているにゃんの重みを感じる(気にする)環境」※煩わしいって言葉は、「気楽さ」の反対の言葉として使ってます。猫は煩わしくないですよ♡

気楽さ と 煩わしさ

私は、どちらも欲しいなって思ったんです。
寝たいときに寝て、起きたいときに起きる『軽さ』
腕に感じる、誰かが傍にいる、どっしりとした『重み』
どちらも私は欲しい。
どちらも私の喜びに繋がる

 

まっこれは例えの話なんですけど…どちらかではなく、両方、もしくはすべて欲しいを思っていいって事です。
両方・すべてを求めることが自分の喜びに繋がるのなら、求めることは間違いじゃないんです。

 

私たちは、いつからか欲しいモノを欲しいだけ求めることを傲慢・強欲・空気が読めないetcって思うようになりました。

なぜ、そう思うのか?
欲しいからですよね。
そう思う人が羨ましい(欲しい)と思っているからです。
『でも、傲慢って言われちゃうから「自分も欲しい」って声を大きくして言えない!』
だから、牽制しあってだれも得ないようにするんです(笑)
まったく、何でしょうね!この無駄な背徳感(笑)

 

っていう事が分かりましたので…
じゃあ、求めちゃいましょうよ❤ってことなんですよ

 

あなたは何を求めますか?
どれくらい求めますか?
「これくらいなら(いいかな?)…」って中途半端じゃなく、これをこれだけ欲しいって求めてくださいね。

【この記事は旧Blogから転載した記事です】

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