嫌な気持ちを長引かせないコツ

優しすぎて利用される ─「冷たくなった」と言われて自分を責めてしまう時の処方箋

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「あんなに優しくしなければよかったのかな」
「私の言い方が悪かったのかな」

あとから一人で振り返って、
自分を責めてしまうことはありませんか。

一度だけ、良かれと思って特別に対応したつもりだったのに。
それがいつの間にか相手の中で『普通』『当たり前』になっていて、
少し線を引こうとしただけで
「裏切られた」
「ヒドイ」
「冷たくなった」
なんて言葉を向けられてしまう。

そんなとき、真面目で優しい人ほど
「私が悪かったのかな、、」と、
自分の中に原因を探して苦しくなってしまいます。

『配慮』ではなく『(当たり前の)権利』だと思われていた

ここで一度、振り返ってみていただきたい
問題は、あなたの優しさでも、伝え方の技術でもありません!

起きていたのは
『あなたの善意(よかれという優しさ)』と
『相手の認識』の
間に起きた、決定的なズレです。

●あなた: 状況を見て、できる範囲で『一時的に』手を差し伸べた
●相手: それを好意ではなく、ずっと受け取れる『自分の権利』だと思い込んだ

このズレが起きている関係では、
どれだけ丁寧に理由を説明しても、話は通じません。

なぜなら相手が求めているのは
あなたの事情への理解ではなく
『以前と同じ扱い(得をすること=損をしないこと)』が続くことだけだからです。

「冷たくなった」と言われるのは、あなたが正しい線を引いた証

残念ではありますが
このタイプの人に対して丁寧に説明したり、
気持ちを分かってもらおうと歩み寄ったりするほど、
事態が悪化することがあります。

あなたが誠実に
「今はこういう事情で……」
「こういう意図で…」と
話せば話すほど、
相手はそれを『交渉の余地がある(まだ諦めなくていい)』と
受け取ってしまいます。

そして
「もっと求めていいはずだ」
「折れさせていいはずだ」
という執着を強めてしまうのです。

あなたが
「冷たい人だと思われたくない」と自分を責めているその瞬間
お相手は
「どうすれば以前のメリットを取り戻せるか」という
損得勘定で動いている


相手が投げかけてくる
「そんな人だと思わなかった」「ガッカリした」という言葉。
これらは、あなたの誠実さを利用して、
罪悪感を植え付けようとする強力な武器です。

もし、そうした言葉の衝撃で立ち直れそうにない時は、
こちらの記事を「心の守り方」のガイドとして読んでみてください。

▼ 「ガッカリした」という言葉の呪いを解くために

あなたを『利益を奪う人』という位置付けにしてきた

カウンセラーとして
人間関係のトラブルを数多く見守ってきて
この様な言葉で傷ついている方とたくさんお話ししてきました。
そこで見えてきたこの問題の本質はコチラ

・お仕事を手伝うのをやめた
・良かれと思ってやっていたことをやめた
など

境界線を引いたときに怒り出す人は、
これまで
あなたの境界線がないことで利益を得ていた人である

なので
相手が被害者のように振る舞ったり
攻撃的になったりするのは
あなたが間違ったからではありません。

これまで一方的に享受していた
『あなたの善意』が手に入らなくなったことへの強い不満の表明にすぎないのです。

あなたの判断や線の引き方が、間違っていない証明。
この出来事は、
その相手との関係が
『対等なやり取りができていない前提の関係性』だったという事実を
ただ教えてくれただけなのです。

自分を責める手を、少しだけゆるめてみる

もし今も心の中で自分を責め続けてしまうなら
こう問いかけてみてください。

「あのときの私は、本当に無責任だっただろうか?」
「あの私の選択は、不誠実だったのだろうか?」

あなたはそのときできる限りの配慮をし、
そして限界を感じて自分を守るための線を引いた。
それは、自分自身を大切にするための、真っ当な、そして必要な決断でした。

今日すぐに相手を許さなくていいし、納得できなくても大丈夫。

ただ
「私は自分を守ってよかったんだ」
「私は自分を守れたんだ」
という考えに移行してみてはいかがでしょう。

あなたの優しさは、
本当にそれを大切にしてくれる人のために取っておいていいんですよ♡

あなたの「心の境界線」を守るために、併せて読んでほしい記事

「なんだか人間関係そのものに疲れてしまった……」と感じている方は、
まずはこちらで心が消耗する仕組みを知るのもおすすめです。

▼ 優しい人ほど、人間関係に疲れてしまう本当の理由

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